表情の変わらない小さなまゆ人形に、声と動きが重なり、感情が伝わってくる。「甚之丞物語」の撮影で大切にしたのは、舞台を思わせるシンプルな見せ方でした。地域の歴史を物語にする制作を振り返ります。
入谷の歴史を、まゆ人形の物語に
「甚之丞物語」は、南三陸町・入谷に養蚕を伝えたとされる山内甚之丞を題材にした、まゆ人形の映像作品です。地域の歴史をまゆ人形で表現したいという相談から、はなぶさも制作に関わりました。
企画に関わるごきげん一家、人形をつくるYES工房の制作チームなど、多くの人が力を持ち寄りました。はなぶさが担ったのは、撮影・編集と制作デスクです。地域の物語と、つくり手の表現を映像にしていく仕事でした。
題材となった養蚕の歴史を、まゆでできた人形が演じる。物語の内容と、それを表現する素材がつながっているところにも、この作品ならではの面白さがあります。歴史を説明する言葉だけでなく、人形の姿や質感も、入谷という土地を知る入口になっています。
史実に、物語を通して出会う
安藤仁美が制作を振り返って挙げたのは、ごきげん一家を通じて出会った脚本のよさでした。
地域に残る歴史的な出来事を土台に、想像を交えて物語として伝える。そこに人物の思いや出来事の意味が描かれることで、自分たちにとっても、地域の歴史を新たな形で知る機会になりました。
史実をもとにしたフィクションを、まゆ人形と声、動きで見せていく。安藤仁美にとって、こうした手法に取り組めたこと自体が、印象に残る経験でした。
出来事を順に説明することと、登場人物のいる物語として描くことでは、歴史への近づき方が変わります。物語の中では、その人が何を思い、どう動いたのかを想像しながら見ることができます。史実と創作を同じものとして扱うのではなく、史実を出発点にした表現として受け取る。その見方が、地域の歴史に関心を持つきっかけになればと思います。
舞台を思わせる、シンプルな撮影
撮影・編集を担当した代表佐藤孝範が思い描いたのは、舞台の演出です。撮影する盤面の上で、カメラの寄りと引きを中心に構成し、場面によって照明を変えました。
撮影の組み立てはシンプルです。その中で見てほしいと考えたのは、まゆ人形の精密さと、その人形に感情を託そうとする人たちの情熱でした。
人形そのものの表情は変わりません。それでも、人形を動かし、声を重ねることで感情を伝えようとする。その声と動き、人形の細かなつくりを、映像で見てもらいたいと考えました。
寄りの画面では人形の細かなつくりに目を向け、引きの画面では盤面の上の動きを見る。カメラの距離と照明を中心にした構成は、見る人の視線を、人形と演じる人の表現へ向けるためのものでした。大きく表情を変えることができないからこそ、声の調子や動きが、感情を受け取る大切な手がかりになります。
小さな人形の向こうにいる、つくり手たち
作品の中で動いているのは小さな人形ですが、その向こうには、人形をつくり、物語を書き、声や動きで演じる人たちがいます。
本編を見るときには、人形の細部や、声と動きが重なる瞬間にも目を向けてみてください。地域の歴史を伝えようとするつくり手たちの思いも、一緒に感じていただけたらうれしく思います。
撮影や編集だけで作品が成り立つわけではありません。形をつくる仕事、言葉をつくる仕事、演じる仕事があり、映像はそれらを一つの画面の中で届けます。はなぶさにとっても、ほかのつくり手が持ち寄った表現をどう見せるかを考える制作でした。
地域の記憶に触れる方法は、一つではありません。人形の姿に惹かれて見始めた人が、その土地の歴史にも興味を持つ。そんな出会い方のできる作品として、本編を楽しんでいただけたらと思います。
