東日本大震災後の活動が、私たちと南三陸町をつなぎ、はなぶさを始めるきっかけになりました。この町で仕事をする私たちが、震災について伝え続けたいこと。今の思いを記します。
はなぶさと南三陸をつないだ出来事
はなぶさが南三陸町に生まれた経緯には、東日本大震災があります。代表佐藤孝範は支援活動を通じて、安藤仁美は大学卒業後のボランティア活動を通じて、この町と出会いました。
その後、地域との関わりを重ね、ここで暮らし、仕事をするようになりました。私たちが今、この場所にいることと、震災後の出会いはつながっています。
二人がこの町へ入った経路は同じではありません。それぞれが支援やボランティアに関わり、その後も地域との接点を持ち続けた先に、今の暮らしと仕事があります。はなぶさにとって震災を振り返ることは、会社の出発点と、この町との関係を振り返ることでもあります。
身を守る経験として、伝え続ける
代表佐藤孝範は、震災のことを伝え続けていきたいと考えています。たとえ伝える人が自分たちだけになったとしても、続けていきたい。それほどの覚悟で、震災を伝え続けたいと考えています。
願っているのは、震災の経験が正しく伝わり、次に自然災害が起きたとき、誰かが身を守る行動に生かされることです。日本のどこかで、あるいは世界のどこかで、命を守ることにつながってほしい。その思いが、伝え続けたいという気持ちの根にあります。
ここで伝えたいのは、遠い場所の出来事として記憶されるだけでなく、これからを生きる人にとって意味のある経験として残ってほしい、という願いです。南三陸を知っている人だけでなく、別の地域で暮らす人にも、その経験が届いてほしい。伝える先を日本中、世界中へと広げて考えているのは、そのためです。
今につながる歩みを、地域の誇りへ
安藤仁美が残したいと考えているのは、大きな震災を経て、今の暮らしに至るまでの地域の歩みです。あれほどの出来事があり、それを乗り越えて現在がある。そのこと自体が、後の世代にとって地域への誇りになっていくのではないかと感じています。
南三陸の近代史を残していく。その一端を担う役割が、自分たちにもあるのかもしれません。
命を守るための経験と、地域が歩んできた時間。その両方を、これからこの町を知る人や、ここで育つ人へつないでいくことを大切にしたいと思っています。
過去に大きな出来事があったことと、その後も人が暮らし、地域が続いていることは、つながっています。安藤仁美が残したいと話した「今がある」という言葉には、出来事の大きさだけでなく、そこから現在までの時間にも目を向けたいという思いがあります。
二人の言葉には、これからの命につなげたいという視点と、地域の歩みを次の世代へ残したいという視点がありました。この両方を大切にしながら、震災について考え、伝えることを続けていきたいと思っています。
